文藝賞について

人のセックスを笑うな』と同時に文藝賞を受賞した
野ブタ。をプロデュース』の選評を読んでいて気になる言葉があった。
「童貞アイデンティティが高いのもポイント」である。
「童貞アイデンティティ」? なんだそれは。
僕が童貞だったころにはそんな言葉なかった。
たった数年で童貞がもてはやされるように世の中は変わってしまったのか。


実は思い当たるものを僕も持っている。
いや、正確には持っていたというべきだろう。
いま、童貞じゃないものに童貞アイデンティティは持ち得ない。
二浪した末ようやく入った大学で一ヶ月を過ごし
この辺は省いて、色々あって僕にも彼女が出来た。
すでにヤラハタを迎えていた僕の中ではとっくに童貞という二文字は
熟成されていて、ほのかに香ばしい匂いを放っていた。
僕は童貞を守らねばならないとなぜか思っていた。
いつかは捨てる日が来るだろうけど、
捨ててしまったらもう戻ることの出来ないものがあると信じていた。
おそらくそれを童貞アイデンティティと言うんじゃなかろうか。
他人を受け入れることができないだとか
想像力があらぬ方向にナイーヴすぎたとか色々言われるけれど
実際のところは勇気がなかっただけなのかもしれない。
とにかく僕は二年間もの間、彼女とセックスをしなかった。
そのころに書いたものを読み返してみると
今はもう書けないようなことがあったりして
これはもしかして非童貞になったからなのかもしれないなんて思うこともあるけれど
それは間違いなく錯覚で僕が単純に成長しただけのこと。
童貞だった自分に見えて、童貞じゃない自分に見えなくなったものなんてない。
今では懐かしく思えるあの日々に名前を与えるなんて行為、
僕以外にあまりしてほしくない。